読書レビュー。週に1〜3冊は読書をしていて、ストーリーやら感想などを忘れないうちに書いておこう。
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【2007.08.23 Thursday 】 author : スポンサードリンク
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冨士信夫 - 南京大虐殺はこうして作られた (1995)
「南京大虐殺」はこうして作られた―東京裁判の欺瞞
4886561101冨士 信夫

展転社 1995-05
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冨士信夫氏は2005年1月に亡くなりました。ご冥福をお祈りします。

冨士信夫氏がどのような方だったのでしょうか。簡単に略歴を引用します。(こちらから引用

ふじ・のぶお 大正6年富山県に生まれる。昭和13年海軍兵学校卒業。19年海軍少佐。20年台湾第29航空戦隊参謀、21年第2復員省臨時調査部勤務。以後、法廷係として極東国際軍事裁判(東京裁判)のほとんどを傍聴。32年厚生省退職。孔版タイプライター・千歳商会などに勤務。東京裁判研究の第一人者。著書に『私の見た東京裁判』(上・下)『東京裁判は証言する』(上・下)『南京大虐殺はこうしてつくられた』『こうして日本は侵略国にされた』など。


赤字で書いたところが重要です。東京裁判のほとんどを傍聴した唯一の日本人と言っても良いでしょう。

この本の目次を紹介します。

1.検察側立証
2.弁護側立証
3.検察側最終論告
4.弁護側最終弁論
5.裁判所判決
6.パル判事の意見

検察側というのは連合国(戦勝国)側で弁護側は日本です。

実際の東京裁判ではどのような裁判が行われたかというのをこの本を通じて読み解くことができる一級の資料としても価値があります。歴史教科書にたった数行で済まされてしまっている「南京大虐殺」という事件(?)が当時どのように扱われ、また翻弄されていったのかを克明に記述してあります。

元々南京大虐殺というのは東京裁判が始まってから初めて出てきた事件です。大本営がその事実を隠していたと言う人がいますが、当時南京には日本の敵国でもあったアメリカ、イギリス、フランスなどの国々が連合してできた安全委員会なる組織があり、また従軍記者もいたのでその事実が当時発表されなかったというのはあり得ないことであります。

この本を読んだ率直な感想は、検察側からの証人ほとんどが伝聞形式で証言をしていること、また証言に矛盾があることです。逆に弁護側の姿勢は一貫と理路整然としています。しかし、裁判所判決は弁護側の証言を全て却下し、検察側の証言を全て採用するという明らかに一般人である私の目からしても疑問をぬぐえない判決を下すのです。

一番の皮肉となっているのは誰よりも中国人と親交があり、中国のことを愛してやまなかった松井石根大将が絞首刑になるとは、同じ日本人として涙が出てくるほど悔しい話です。

松井大将は日中戦争の戦没者を祀るために熱海に興亜観音を建てたほどの素晴らしい人物で軍紀にも厳しいことで知られていた人でありました。

知れば知るほど悔しいと思う気持ちと、現代の日本人の無知蒙昧さが身に染みます。


関連本:
次はこれを読みます。

私の見た東京裁判〈上〉
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私の見た東京裁判〈下〉
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【2005.09.06 Tuesday 01:10】 author : bookvader
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【2007.08.23 Thursday 01:10】 author : スポンサードリンク
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この記事に関するコメント
興亜観音には行かなければいけない気持ちになりました。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/

暇を見つけて行ってきます。
| bookvader | 2005/09/06 1:20 AM |
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興亜観音で極東軍事裁判を偲ぶ
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